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ドラえもん

ドラえもんの「昔はよかった」江戸、昭和、令和、どの時代がいい?

2021年5月22日

昔はよかった

ドラえもん「昔はよかった」

『学年別ドラえもん名作選小学6年生』『コミックス30巻』からのお話です。

のび太は宿題から逃れるために過去へタイムスリップ。

行ってみて気づいたこと。

それは『どの時代もみんな頑張っているんだから、ぼくもがんばらなくちゃいけない』ってこと。

のび太がまた一つ成長します。




ドラえもん「昔は良かった」(あらすじ)

のび太とパパが地元の街を散歩をしているところから物語は始まります。

のび太のパパは自分の時代とのび太の時代がどう変わったか話をしています。

「パパが子供の頃はこの川には魚がいっぱいいたんだよ。」

のび太のパパの時代とのび太の時代を比べて変わったこと

パパの時代 のび太の時代
車もあまり通らなくて道路で遊べた 遊べないほど交通量が増える
れんげ畑があった マンションが建ち並ぶ
のんびりしてて良かった 受験戦争が始まる

 

そんなことを話す内、のび太は学校に行かなくてもいい、宿題しなくてもいい昔に憧れるのです。

タイムマシンで昔の時代へ

のび太がドラえもんのタイムマシンを使って、やってきたのは江戸時代初期の頃でした。

のび太はある親子の家にお世話になります。

しかし、昔の時代に憧れたのび太の期待は、たちまち失望に変わりました。

質素なごはんにがっくりきたり、遊ぶものがなく、つまらなそうです。

のび太は水くみをしたり、クワで畑を耕すのも大変なことがわかりました。

昔と比べて、今のほうがいい!?

ドラえもんは「これでも昔のほうがよかったといえる?」とのび太に聞きます。

「う〜ん、、、、、」となやむのび太。

ここでドラえもんが良いことを言います。

どんな時代でも、みんなそれぞれせいいっぱい生きてきたんだよ。

のび太は答えます。

そうか。僕らは僕らの時代を少しでも良くするように、がんばらなくちゃいけないんだね!!

なんて!すてきな結末でしょう。

と思ったら、のび太はママに宿題をしてないのを諭されました。

「やっぱり昔のほうがよかった(泣)」

のび太がタイムマシンで降り立った江戸時代の農村の庶民のくらし

江戸時代は1596年から1868年の272年の期間です。

のび太がタイムマシンで降り立った時代の庶民の暮らしぶりからみると、江戸時代初期だと想像できます。

当時はたたみがなかった

茅葺屋根

まんがに出てくる昔の家だと、このような写真の家だったのではないでしょうか。

これは「茅葺屋根(かやぶきやね)」の家といいいます。

夏は涼しく、冬は暖かい造りで、今でも残っている地域があります。

家の中は板が張ってある床で、そこにゴザをしいて座っていました。

当時の農村の庶民はこれがあたりまえの時代だったのです。

たたみがないくらしへの、のび太の反応

戸締まりせず、からっぽにして出かけた家で待たせてもらうのび太。

「たたみがないよ、よっぽど貧乏なんだな。」と言いました。

ちょこみ
のび太くん、たたみわね、将軍や大名などお金持ちの家にはあったけど、農村に住む庶民は明治時代になってから普及したみたいだよ。

1日2食で質素な食事

一汁二菜

食事は朝と夕方の1日2食が普通でした。

中身はあわのおかゆと汁物、そして漬物です。

とても質素な食事です。

お米はお祭りなど特別な日に食べるもの。

とりのえさのような粟(あわ)のおかゆがいつもの食事でした。

1日に朝、昼、晩の三度食事をする習慣は、江戸時代中期の元禄年間(1688〜1704年)定着したとみられています。

1日2食の質素な食事への、のび太の反応

「まずい!!」と口にしたのび太。

「食べた気がしないよ。あれでよく働けるね。」

「カレーライスかハンバーグがたべたいな。」と言いました。

ちょこみ
のび太くん、今の令和時代はね、粟や麦など雑穀を入れたごはんが流行っていたり、空腹が体にいいっていう説もあるくらいなんだよ。

灯明皿と灯芯

この時代の灯りは灯明皿に油を入れ、灯芯と呼ばれる紐を芯にして油を浸して火をつけたものでした。

油ががもったいないと、灯りを消されてしまいます。

テレビもない、まんがもない時代で夜は寝るしかありません。

夜は寝るしかないくらしへの、のび太の反応

もう少し遊びたいのび太。

「もう?せめて九時まであそぼうよ。」

「マンガがあったとしても、この暗さじゃ読めないや。」と言いました。

ちょこみ
のび太くん、最近ではね、「朝活」って言葉があるんだよ。朝に活動すると効率が良いという人もいるみたいだよ。

年貢

のび太がお世話になった過去の農家では農家なのに米ではなく、粟のおかゆを食べていました。

『日照り続きで今年のイネはだめかもしれん。

とても年貢が納められそうもない。

でも納めないと、ろう屋にいれられる。』

百姓と呼ばれる農民はお米を税金として納めていました。

どのくらい納めていたのかというと、五公五民とか六公四民という分け方でした。

例えば六公四民ならば、六割が領主の取り分、残りの四割が農民の取り分ということです。

この時代の人々は、お米はほとんど年貢で納めなくてはいけなかったので、自分たちが食べるお米を手に入れることはむずかしかったのです。

年貢へののび太の反応

農家なのに、お米を食べないことがふしぎなのび太。

「粟?!お米を炊けばいいのに。」

「ネング?ああ、との様に納める税金か、たいへんだな・・・。」と言いました。

ちょこみ
のび太くん、昭和の時代にはなかったけど、平成の時代から、私達も消費税という形で税金を納めているんだよ。

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