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ドラえもん

ジャイ子の本名は香なのか?作者が最期まで本名を明かさなかった理由

2021年4月29日

ジャイ子1

ドラえもんの中ではマイナーなジャイ子の存在、それぞれキャラクターには本名があるのに、ジャイ子は出てきません。

調べたところ「剛田 香」説が浮上しました。

ところが、どうやらこれは本名ではありません。

作者である藤子・F・不二雄氏は最後までジャイ子の本名を明かさずに亡くなりました。

結局、ジャイ子の本名は誰にもわかりません。

どうして、最後まで本名を公開しなかったのか、藤子・F・不二雄氏の考えにせまるとともに、人一倍がんばり屋のジャイ子についても調べてみました。




「ジャイ子」にまつわる名前の説

「ジャイ子」とは本名なのか、あだ名なのか、はたまた違う名前なのかたくさんの説があります。

剛田家の家族までもが「ジャイ子」と呼んでいます。

ジャイ子が入院する話の回では、病室の名前が「剛田ジャイ子」となっています。

ジャイ子の本名は「剛田 香」説

ジャイ子が持っていたスケッチブックに書いてあったのが「剛田 香」だったという説がありました。

そこから本名ではないか!?とのことですが、まんがで見るとそのスケッチブックの名前にははっきりと「クリスチーネ剛田」と書かれています。

ほかにも調べましたが、「剛田 香」はうわさのようです。本名ではありません。

ジャイ子のペンネーム「クリスチーネ剛田」説

ジャイ子は漫画家という夢を持っていました。

着実に成長し、いくつか作品もあります。

その時に使用していたペンネームが「クリスチーネ剛田」でした。

なので、本名ではなく、ペンネームです。

作者が最後までジャイ子の本名を明かさなかった理由

藤子・F・不二雄氏は「そのうちジャイ子の本名を漫画で書きますよ」と言っていたらしいですが、ジャイ子の本名を明かすと同じ女の子が学校でいじめられる可能性があるとの配慮で、公表を避けていたというのです。

まんがに出てくる登場人物はキャラクターの性質上、性格がわかりやすいように一つに決められてしまっている印象をうけます。

確かにジャイ子の幼少期はおままごとでドラえもんの人形を切り刻もうとしたり、木の枝に引っかかったのび太を見て「首つりだ〜ガハハ」と笑ったり、けっこう残酷な部分があります。

もしも、本名があったら、実際に同じ名前になった子はいじめにあっていたり、良くないイメージを持たれたりしそうです。

作者はドラえもんを読んでくれてる子どもたちに不幸があってはならないとの配慮されたのではないでしょうか。

優しいお気持ちに心が温まります。

ジャイ子の基本スペック

ジャイ子の生年月日

1966年(昭和41年)5月生まれです。

ジャイ子が生まれた1966年とは

この年の出生率は前年度から比べると4.9%減少しました。

そして、翌年は5.7%の増加したんです。

この年だけが一段落ち込んだ状態となりました。

丙午(ひのえうま)と呼ばれるこの年は60年に一度やってきます。

この年はこんな迷信があるんです。

「丙午産まれの女の人は、気性が強く、夫を不幸にする。」

この迷信が少なからず影響して、出生率が下がったのではないかという説があります。

そういえば子供の頃、近所のお母さんが話していた中、ひのえうまという言葉を言っていたなとか、この年には子どもを産みたくないなど、子供心になんでだろうと思っていました。

そして、この頃は高度経済成長期で子どもの人口が増え、入学当時は1つしかなかった校舎が卒業時には4つに増えていました。

校庭も狭くなっていくなか、その学年だけ人数が少なくゆとりがあっていいなと思ったことを思い出します。

 

また、1906年は明治時代ですが、丙午生まれの女児を授かった両親が出生届を翌年に持ち越した話もあります。

今は出生届は生まれてから2週間以内に届けなければいけない法律ができたのでできませんが、当時はできたのですね。

1906年生まれの女子と知ると、縁談が破談にされる事件も起こり社会問題になりました。

次回は2026年ですが、もしも前年に比べ急落し、翌年は増えるようなら、迷信を信じている人が少なからずいるという言うことですね。

1966年生まれの有名人

ジャイ子と同じ年の有名人では次のような方がいます。

長島一茂(タレント・元プロ野球選手)

小泉今日子(歌手・女優)

薬丸裕英(タレント)

今田耕司(タレント)

RIKACO(タレント)

野村萬斎(狂言師)

広瀬香美(歌手)

渡辺美里(歌手)

斉藤由貴(女優・歌手)

東山紀之(俳優・歌手)

伊藤かずえ(女優)

美魔女女優として活躍していたり、今でもテレビで司会やコメンテーターとして活躍している方たちです。

 

この年代の青春期(20歳〜30歳)はバブル真っ只中でした。

女子はブランドのバッグに靴、「ボディコン」に「ワンレン」「ソバージュ」とみんな同じ格好をしていたように思います。

「ボディコン」というのはボディコンシャスな服、体の線を強調するようなワンピースやスーツです。

そして「ワンレン」は前髪なしのストレートロングヘア。

男子はダブルのスーツなんか着てましたね。(今じゃ考えられません。シングルでタイトなパンツで普段着風、パジャマスーツなんてのも流行っています。)

当時はカーデガンを脱いで肩から掛けたり、裸足でローファーを履いたり、それが格好良かったんですよね。

トレンディドラマも流行っていました。

みんなが同じドラマを見てましたよね。

ジャイ子もそういったことに影響を受けて、まんがを書き続けていたのではないでしょうか。

ジャイ子の性格

幼少時代

ジャイ子はジャイアンの妹ということもあり、

(女版ジャイアンと呼ばれることもあった)

粗暴で下品な性格として描かれてます。

少女時代

だんだんと温和で優しい女の子に変わってきています。

将来の夢はまんが家。

少女漫画家として成長していく姿は、どんな困難にぶつかってもあきらめず、まんがを書き続け、500万部も売れるまんが家へと成長します。

ジャイ子にまつわる2つの未来

ドラえもんが現れたことによって大きく運命を変えた人物が3人います。

まず、「のび太」

そしてその妻となる「静香」

そしてもうひとりは、妻になるはずだった「ジャイ子」です。

ジャイ子はドラえもんの登場によって、運命が変わりました。

ジャイ子は登場回数は2人に比べて圧倒的に少ないですが、ドラえもんというまんがにおける存在感は大きいのです。

まんがには2つの未来が描かれています。

ドラえもんがいなかった場合のジャイ子

のび太はジャイ子と結婚する事実をドラえもんから聞いた時、泣いて抗議しました。

「いやだよ、ぼく。あの子きらい」なんて言われてしまうんです。

でも、ドラえもんが持ってきた写真3枚を見ると、のび太はニコニコしながら、家族と過ごす様子が描かれています。

その様子から、幸せに過ごしていることがわかります。

結婚後歳を重ねることに、ジャイ子の肥満度は増していますが、このときののび太は不幸の連続だったので、ジャイ子が太陽のように家族に接していたに違いないでしょう。

そしてジャイ子は6人もの子供の母でもあります。

のび太は7人の家族を扶養していることになりますが、立派なお父さんですよね。

ドラえもんの登場によってジャイ子は自分の人生を切り拓く

ドラえもんの登場によって、のび太とは結婚しなかったジャイ子。

自分の将来の夢は「漫画家」と道を極めます。

この時に使ってたペンネームが「クリスチーネ剛田」です。

最初はギャグ漫画家を目指していましたが書いても書いてもウケずに路線変更し、乙女チックな少女漫画家を目指すのです。

転向後も最初からうまくいったわけではなく、何度も応募した新人賞も落選続き。

見かねたジャイアンがドラえもんに頼んで道具によって雑誌にしたものの、本人のジャイ子は気が付きます。

「自分の描きたかったまんがはこんなもんじゃない!」

客観的に自分のまんがを見ることで欠点を見つけて、まんがの腕を上げていきます。

作品も多くなり、ジャイ子の自信作「愛フォルテシモ」を読んだのび太は感動します。

賞は取れなかったのですが、雑誌社から絶賛を浴びます。

次にジャイ子は「虹のビオレッタ」を自費出版します。

これもまんがマニアから「いつか値打ちが出る本」と称賛されます。




まとめ

ジャイ子の本名は明かされていないので不明です。

ジャイ子との本名を明かすことで、同じ名前の女の子がいじめられるのではないかという、藤子・F・不二雄氏の思いがありました。

ジャイ子は登場回数は他のキャラクターに比べて少ないものの、登場するたびに、なにかを吸収し、漫画家への道をきわめ、成長している姿が伺えます。

もし、藤子・F・不二雄氏が生きていたら、今のジャイ子の活躍を絶賛し、本名を公表していたのではないでしょうか。

そしてこのジャイ子のひたむきに生きる姿に励まされる人もたくさんいることでしょう。

 

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