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辺野古座り込み「反対派のプロ市民はっきり言って邪魔」ひろゆき物議

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ひろゆき氏が現地でツイートした「座り込み抗議」で物議をかもしている辺野古基地移設問題ですが、反対派運動のかげで実は地元住民は困っているという情報がありました。辺野古移設問題に抗議を続けている反対派運動に疲弊している住民についてまとめました。

辺野古座り込み「反対派のプロ市民、はっきり言って邪魔」

辺野古に住む地元の方が、基地移設問題についてインタビューに応じでいた動画があったのでまとめます。

辺野古の人たちは、これ(基地移設)を反対しているわけではないのですよ。辺野古の人たちは8割方は賛成してるんですよ。(辺野古への米軍)基地移設は妥当だと思います。特に辺野古区の住民達は青年の人たちが動いてですね、この街を元通りにしたい、きれいにしたいっていうこと。基地反対派の人たちが来たからおかしくなったものを、もう一回元に戻したいっていうことをやってるだけなんです。(辺野古の近隣住民)
辺野古基地のとなりにある街の名は「アップルタウン」と呼ばれています。辺野古のまちづくりに貢献したとされる「アップル将校」から名付けられました。
地元の青年たちがいう、「元通りにしたい、きれいにしたい」というのはかつての基地と共存共栄してきた活気のあったアップルタウンを取り戻したいということです。
はっきり言って、(テント村に)辺野古の地元住民っていう人は一人もいません。ハッキリ言って邪魔なんですよ。区民は全員、総意で撤去して下さいと要望もしています。でも全然撤去してくれません。(辺野古の近隣住民)
(辺野古テント村の)フェンスの横断幕を貼る時に、新潟とか静岡とか福井とかそういうところの横断幕の下にどこかの地名の入ってるような横断幕が多いのですよ。(辺野古の近隣住民)

新潟YWCA

埼玉・川越市民

府中の会

札幌YWCA
反対派活動している人は、地元の住民よりも本土からの人間が大多数を占めています。
プロ集団の連中というのは本土から来てます。我々は姓名をみれば沖縄の人は「知念」とか「山城」とか「島袋」ですが、ほとんど名前を見て下さい、沖縄タイムスや琉球新報に載ってる(反対派に)、(沖縄の名字の人はいませんよ。そこを扇動している一部の人たち、誘導してる人たちは本土の連中。あれは本当にプロ市民(辺野古区商工社交業組合会長、飯田昭弘さん)

ニュースや報道を見ている沖縄県外の人は、辺野古の基地移転を反対している人は辺野古の地元住民、沖縄県住民と思っている人が多いのではないでしょうか。

地元住民が、「はっきり言って邪魔」「反対派に迷惑している」という事実が分かりました。

辺野古住民の陳情書「違法行為と暴力の無法地帯」

前述の飯田昭弘さんは平成27年2月18日に辺野古区長に陳述書を提出しました。辺野古住民が何を思って反対は集団を見ているのが、よく分かります。
辺野古区
区長 嘉陽宗克 様要旨
1.辺野古アップルタウン入り口の国道329号線緑地帯の違法駐車について
2.米軍基地出入り口フェンス沿いの反対派集団の歩道不法占拠について辺野古区商工社交業組合
会長 飯田昭弘拝啓 辺野古区及び行政委員会に於いては、日頃から辺野古区の福祉増進及、区民サービスの向上及び当商工社工業組合の発展にご尽力され、組合員並びに区民の一員として誠に感謝に堪えない次第であります。さて、私ども辺野古商工社工業組合では、リーマンショック以来の円高ドル安さらには、米兵不祥事に対する米兵の夜間外出禁止等による経営悪化が続き、年々減少する中で残された事業所が細々と商いを営んでおりましたが、今日においては円高ドル安も解消(一ドル120円)され、さらに米軍人の外出禁止制限も解除され、これからは商売もなんとか持ち直しが図れるのではとの時期に、普天間代替施設先の辺野古周辺は反対派集団による無秩序な違法駐車や違法占拠の異常とも思える反対運動に、基地内の兵隊は、夜間はもとより昼間の外出もできない状態に陥っています。
私達、商工社工業組合の力だけではどうすることも出来ません、よって区長はじめ行政委員会の皆さんで良い手立ては無いものか何卒、御尽力をお願い申し上げ、私達辺野古区商工会の陳情とさせて頂きます。最後に辺野古区、行政委員会のますますのご活躍を祈念致します。
敬具

辺野古に住んでいる人たちが反対派活動をしている人たちからどんな迷惑行為を受けているかをまとめていきます。

稲嶺市長  様

市政運営の基本方針を拝見させて頂きました。
その中に、「安全・安心なまち」が掲げられており、市民の安全・安心の確保を図るとあります。名護市民が、日常を安全に安心して暮らせるまちを目指しているものと思います。
市長が新たな基地はいらないというのも、安全・安心のまちつくりが根柢にあっての発言だと思っています。また、基地に対しての考え方についても一人ひとりの思いがあり、どういう形で表現するかについても自由だと思っています。しかし、その表現方法が一般市民の生活に悪影響をもたらしている現実をご存知でしょうか。
私の娘はシュワブ内で仕事をしています。娘の話では同僚(女性)が出勤時朝7時頃ゲート入り口で反対活動の人たちに囲まれたそうです。なにかしら大声を発していたそうですが、恐怖から何を言われたのか分からなかったそうです。ただただ車から離れるのを待ったそうです。数分の出来事かもしれませんが、その女性の恐怖を想像してください。私の娘はまだそういう状況に遭遇していませんが、「次は娘が取り囲まれけがをするのでは」と不安ばかりが募り怒りを感じています。また、基地に入るだけで、「殺人者」と罵声を浴びせられます。もちろん毎日がそういう状況ではありませんが、気が気ではありません。私は辺野古から名護市内の職場に通勤していますが、辺野古基地ゲートまえでの抗議活動のあり方にも問題があります。車道を占拠して交通を妨害したり、車道の中央線で座り込んだり寝たりと目に余るものがあります。先月50分余車道が完全ストップしました。もし事故を起こしたら運転手に責任が及びます。こういう形での抗議活動を市長はどうお思いでしょうか。はたして市政運営に掲げる安心・安全に暮らせる街でしょうか。
反対の方たちの行動は正義のようにもてはやされていますが、現実、一般市民の生活に恐怖と迷惑を与えている行動について議論されない現状に憤りを感じています。
市長としての立場で、こういう現状についてどう考えているのか。そしてどう対処していくのか、回答していただきたいと思います。

1月23日金曜日午前11時頃
母は心臓の持病があり月一度の定期検診と薬の処方に名護の病院に予約日となっておりましたので、午前11時頃キャンプシュワブゲート前に来たら30分以上車をストップさせられました。病院の予約時間に間に合わなくてその日は定期検診も出来ず、薬の処方も出来ませんでした。心臓なので薬がないと命に関わります。
仕事帰り名護から辺野古自宅  帰りの出来事です。深夜2時頃ゲート前にて車を止められて「ゲート前は通行できませんので迂回して下さい」と言われました。
「辺野古へ行く道はこの道しかないですよ」と言うと「潟原(かたばる)廻りをして下さい」といわれました。強行突破しようと思ったのですが、道路に反対派の人たちが座ったり、寝転がったりしているので強行突破も出来ず潟原廻りをして自宅に帰りました。
仕事が深夜に終わり疲れてやっと家路に着くなとおもったら迂回して下さいと言われ、余計に疲れました。
娘が弁当屋さんをしています。シュワーブの工事現場から弁当の注文があり、シュワーブへ配達に行くとゲートで反対派の人に車をどんどんと叩かれ「あんた達こんなことして恥ずかしくないのか」と言われました。反対派の人たちは娘の弁当屋に嫌がらせをして営業妨害です。
娘の仕事場は、名護市内です。仕事の終わる時間が午後11時です。
ゲート前で午後11時30分頃数名の男の人たちに人間くさりをして車を止められました。娘は大変びっくりして心臓が止まりそうだったと家に帰って話していましたが、私は母親として自分の娘が男数名に夜 夜中車を囲まれた聞いた時 怒りで身体の震えが一晩中止まりませんでした。翌日の朝名護警察署へ電話で訴えましたが、今も尚そのような事が続いているそうですね、反対派の皆さんに言いたいです。もし、自分の娘がわたしの娘と同様、夜 夜中に男数名に車を止められたらどう思いますか!!

辺野古反対派の活動家「子供に向かって暴言吐く」

チルドレンデー 12月6日(土)午前10時ゲート前での出来事
ゲート前でFさんに胸の洋服をつかまれて(何しに来た なんできた」と言われました。
私は「毎年の行事できました」と言ったらF子さんは私は見ているよ見ているよと言っていました。
私はF子さんに胸の洋服をつかまれていたのでF子さんの手を払いのけようとするのですが、F子さんの手力は80歳のおばあちゃんの手力だとは思えないほど強く、私は払いのける事が出来ず横歩きでその場から少し移動しました。
F子さんの後ろに反対派の人がたくさんいて、私が横に移動するとF子さんの後ろに反対派の人も移動して来てとても怖かったです。
子供達は反対派の人達からやじを言われ怖かったと思います。
場所 キャンプシュワーブ基地ゲート前での子供達に向かっての暴言
ここはお前達の来る所ではない 帰れ
アメリカのアメに騙されるな 帰れ
お母さんたち 子供達を兵隊にするつもりかここは人を殺すところだよ 帰れ
此処はせんそうする所 人を殺す所だよ 帰れ
なんでこんな時期につれてくるか つれて帰れ
以上の暴言を繰り返し数名の反対派が暴言していました。
子ども参加者:100名程
引率者:指導委員 教育隣組長 保護者(お母さん) 約80名程

毎年の行事を楽しみにしている子ども達はただ、純粋に基地のイベントに遊びに来ただけ。大人の問題に巻きこまれて気の毒です。

辺野古座り込み「反対派の正体がおそろしい」

沖縄防衛局の職員を無理やり座らせようと、反対派が数人がかりで押さえつけている

「顔出せよ、ごらぁ。」「モタモタすんじゃねーぞ!「二度とくんじゃねーぞ!」「ほんとに痛いようにやるか?」「座れよぉ!」「あきらめて座ろー」

辺野古の一般の人達は声すら出すのも嫌だという。テレビに取り上げられるのも嫌だというのが現実。
もの言ったらすぐ攻撃が始まりますから。ものの言えない辺野古の住民なんですよ。
もの言うと返ってくるのは“金で魂まで売りやがって”
辺野古の人たちではない反対派は我々に向かってそう言う。“金で何でも解決しようとして金で魂まで売って”と言われる。恐らく一番しいたげられているのは住民
(辺野古区商工会前会長の飯田昭博さん)

 

「なんのつもりか!」「ドア開けれ〜!」「引き出せ!」「さりんど〜や(殺してやる)」「くるさりんど〜や(お前ぶっ殺してやる)」

「お前たちの家もわかるんだぞ!妻子だってわかるんだ、ばか者!」

「(名乗り出ないなら)ここの息子は機動隊で年寄りに手をかけたと街宣カーで自宅前でやるぞ」

「You Die!Die!Die!Die!Die!Die!米兵死ね!死ね米兵!死ねよお前!クソッタレ死ねアホウ!」

「ぐるぐる巻きにして谷底へ沈めてやるぞほんとに!」(高江の現場で防衛局員に投げつけた言葉)

非暴力の抗議活動ってなんだろうね・・・そしてこれが報道されないって 沖縄県民に知らされないっておかしいと思いませんか?

辺野古移設「なぜか地元民の声を載せない」沖縄の新聞2紙

ひろゆき氏の座り込みツイートから派生した沖縄基地問題について言いたいことがあるという視聴者からの質問にひろゆき氏が答える動画を文字起こしします。

まず沖縄では基地について「賛成・反対」ではなく、「容認・反対」。色々な要素を踏まえて容認という選択をした県民の思いを踏みにじってるのは反対活動家と県内2紙。(視聴者)
結局その沖縄の新聞2紙が左側によっているというのがあって、沖縄の新聞を見ていると基地に反対している人がめちゃめちゃ多いという風に見えるんですけど、地元の人の中にはそれなりに容認の人がいるというのが、可視化されないんですよね。
なので本土の人が結局その沖縄の人たちっていうのは自分は容認だよねとか賛成だよねって言いづらいというのがあるので本土の人たちって沖縄どうなの?て考えると沖縄2紙が報道しているものを見がちなんですよ。(沖縄2紙とは「沖縄タイムス」と「琉球新報」)

なの

で沖縄の人たちって、なんかすごい反対してて基地なくなってほしいと思っているのにそんなことができないんだ、かわいそうって言って本土の人たちが行くみたいな、なんかそのパターンが多いんじゃないかなって気がしてます。現地の若い人たちが言ってたのは「沖縄の未来って言うけど、本当に未来を気にしてるんだったら道路止めるのやめてほしい」って言ってたんですよね。
沖縄高専っていうところが辺野古の基地の先にあるんですけど、「道路20分くらい止められると普通だったら学校に間に合うところが遅刻するんすよ。いつもだったらこの時間にトラック止められるからちょっと早めにバス乗ります。でもやっぱり道路の状況で間に合わなくて道路のトラック止めてるところに引っかかっちゃったりするんですよ。そこで20分待たされるので結果として授業遅刻になりますみたいなのがあって、反対するのは全然いいんですけど、道路止めるのやめてほしいんすよね。」と言っててそりゃそうだよね(ひろゆき氏)

沖縄の基地反対活動の70%〜80%が地元以外!デニー知事の「オール沖縄」はおかしいですね。「辺野古の地元住民は基地反対運動には否定的」これは沖縄タイムスと琉球新報が書かない事実です。

普天間飛行場の辺野古移設問題「2030年以降に完成予定」

沖縄にはいくつもの米軍基地があり、中でも普天間飛行場は、よくニュースなどで見聞きします。普天間飛行場は那覇空港から車で30〜40分の場所にあります。面積は480ヘクタールで東京ドームの100倍超えです。

普天間飛行場の周囲は学校や住宅があり、2004年8月に近隣の沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落し、敷地内で炎上したことがありました。夏休み中だったことでけが人はでませんでしたが、危険性がある場所です。

1995年、沖縄県内で米兵3人による少女暴行事件が発生したことをきっかけに、県内で米軍基地の整理、縮小を求める県民感情が高まりました。普天間飛行場の代替施設を沖縄県内に移すことで話が進み、現在は辺野古の「キャンプ・シュワブ」の沿岸部を埋め立てして新たな滑走路を整備し、普天間の飛行場機能を県内に維持した上で返還されることになりました。

辺野古地域はベトナム戦争の時代に多くの米兵が戦地に向かう前にキャンプ・シュワブを訪れ、地元の飲食店などが栄えました。現在はシャッターが降りたままの店舗が多く、当時の活気はありません。

辺野古では一部で軟弱地盤がみつかり、地盤を固める改良工事が必要になりました。その後飛行場として整備し、完成は2030年度以降になる見込みです。

今後も続けて反対派活動が行われるとなると、地元住民の不満はいつ解消されるのでしょうか。

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